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災害大国・日本が直面する「住まい」と「再エネ」の残酷な現実

台風による大規模な冠水被害は、私たちの社会が抱える構造的な矛盾を浮き彫りにしました。被災地で苦悩する住民の姿と、二次災害を引き起こす太陽光パネルの問題からは、短期的な経済合理性が生み出した歪な現実が見えてきます。

経済合理性が命を脅かす土地選び

「リスクを考えれば引っ越した方がいい」と分かっていても、被災者が安全な土地へ移住することは容易ではありません。住宅ローンの残債や新たな住居の確保、家屋の解体費用など、直接的な金銭コストが最大の壁となるからです。

地名に沼や沢などがつく場所は、古くから水が集まりやすい軟弱な土地でした。しかし、高度経済成長期以降の都市開発において、こうした土地は平坦で開発しやすいという理由から次々と宅地化されてきました。その過程で聞こえの良い名前に改称され、本来の地形リスクが見えにくくなったケースも少なくありません。

数十年単位で住宅ローンを組む個人のライフサイクルと、短期的な売上を追求するビジネスのサイクルのズレが、本来は居住に適さない土地に住宅街を形成させてしまう要因となっています。

被災地で牙を剥くメガソーラーの罠

今回の水害で特に深刻な問題として顕在化したのが、水没した太陽光パネルです。ソーラーパネルは水に浸かって破損していても、太陽光が当たれば発電を続けてしまいます。そのため、不用意に近づけば致命的な感電事故に繋がる恐れがあり、人命救助やがれきの撤去といった急を要する復旧作業を著しく阻害しています。

この事態に対し、所管官庁がSNS上で注意喚起を行ったところ、多数の国民から批判的な声が殺到しました。国策として多額の再エネ賦課金を徴収して設置を推進しておきながら、災害時にはその危険な後始末を現場へ丸投げする姿勢に対し、不満が爆発したのは必然と言えます。

「環境保護」という錦の御旗の影で

技術としての太陽光発電は、燃料を運搬せずに電気を生み出せる優秀なシステムです。本来であれば、各家庭やコミュニティの屋根に設置し、災害時に自立してエネルギーを確保する分散型の電源として活用すべきものでした。

しかし現実には、固定価格買取制度(FIT)による投資利回りを優先し、安価な山の斜面や低湿地帯を切り拓いて巨大なメガソーラーを敷き詰めるという、本来の強みとは真逆の道が選択されました。事業を立ち上げた法人が解散すれば撤去の責任を問う相手は消滅し、放置された巨大な廃棄物は自治体が血税を使って処理するしかなくなります。

製造から廃棄までの過程で膨大な化石燃料を消費し、国土の保水力を奪って水害リスクを高める乱開発は、環境保護の観点からもその存在意義が厳しく問われる段階に入っています。

要点まとめ

  • 経済的な負担の大きさから、水害リスクを承知で危険な低地に住み続けざるを得ない被災者の現実がある。
  • 短期的な利益を優先する不動産開発が、災害リスクの高い土地への居住を事実上後押ししてきた。
  • 水没したソーラーパネルは感電リスクを伴うため、災害現場での救助やインフラ復旧作業を著しく遅らせる。
  • 再エネ政策は投資目的のメガソーラー乱立を招き、利益の私有化と損失の社会化という無責任な構造を生み出した。
  • 太陽光発電は本来の強みである自立分散型電源としてではなく、環境と防災を脅かす形で社会に組み込まれてしまった。
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