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CIPSとSWIFT 第1回「CIPSとは何か?」

CIPS(クロスボーダー銀行間決済システム)とは、中国人民銀行が主導して設計・運用する国際決済インフラであり、正式名称は "Cross-Border Interbank Payment System"です。これは主に人民元建ての国際送金と決済に対応するために構築されたシステムであり、従来のグローバル金融インフラに依存しない、中国独自の決済ネットワークの中核をなしています。

この仕組みは、中国の長期的な経済戦略と密接に結びついています。特に、世界の基軸通貨として長年影響力を維持してきた米ドル、そしてそのドル決済網を支えるSWIFT(国際銀行間通信協会)からの相対的な脱却という文脈の中で捉えられるべきものです。SWIFTを通じて世界中の送金メッセージが管理・伝達されている現状において、中国はこのシステムがアメリカの経済制裁や金融監視の道具になっていると認識しています。そのため、中国はCIPSを通じて、経済主権の回復と人民元の国際化を目指しているのです。

目次

CIPSとSWIFTの違いとは何か?

SWIFTは1970年代に設立された国際的な金融通信ネットワークであり、世界中の銀行間で送金メッセージを安全にやり取りするための仕組みとして広く利用されています。ベルギーに本部を置き、中立性を標榜してはいますが、実際にはアメリカを中心とした西側諸国の影響力が極めて強く、政治的判断によって特定の国や銀行をネットワークから排除することも可能です。これは過去のイランやロシアに対する制裁の中でも実際に行われており、金融決済の中立性という建前が揺らいでいる状況です。

一方、CIPSは中国人民銀行のもとで構築されたシステムであり、人民元建ての送金をスムーズに行うことを目的としています。SWIFTが主に送金メッセージの伝達に特化しているのに対し、CIPSは送金指示だけでなく、実際の資金決済も行う「RTGS(リアルタイムグロス決済)」機能を備えており、より包括的な決済ネットワークとなっています。現在、CIPSはSWIFTのメッセージフォーマット(ISO 20022)との互換性も保ちつつ、並行的に運用されています。

中国にとってのCIPSの戦略的重要性

CIPSの開発と普及は、単なる金融技術革新という枠を超えた、国家戦略の一環です。中国はCIPSを通じて三つの主要な目的を達成しようとしています。

第一に、ドル依存からの脱却です。国際貿易において米ドルが圧倒的なシェアを占めている現状では、アメリカの意向一つで資金の流れを止められるリスクが常につきまといます。特に米中間の対立が激化する中、中国はこのリスクに強い危機感を持っています。

第二に、人民元の国際化です。中国は製造業を中心に世界最大級の貿易大国となっていますが、自国通貨である人民元の国際的な信用と利用度はまだ限定的です。CIPSは、その人民元を海外でもスムーズに使えるようにするための金融インフラとして機能します。人民元が決済通貨として普及すれば、中国は対外取引の通貨リスクを減らし、より安定した経済運営が可能になります。

第三に、地政学的影響力の拡大です。中国は一帯一路構想をはじめとする国際的な経済圏構築を進める中で、人民元を媒介とした金融ネットワークの形成を目指しています。CIPSはその中核を担うインフラであり、西側諸国の金融システムに頼らない独自の経済圏を築くための鍵となります。特にBRICS諸国やアジア・アフリカ・中東といった非西側諸国との経済連携において、CIPSは重要な役割を果たし始めています。

CIPSの現在の普及状況と課題

CIPSは2015年に本格稼働を開始して以降、順調に参加銀行を増やしています。現在では約100か国以上の銀行がCIPSネットワークに接続しており、その取扱件数も年々増加しています。特にロシアがウクライナ侵攻を理由にSWIFTから一部排除されたことを契機に、CIPSの存在感は大きく増しました。ロシアは現在、人民元を活用した貿易決済を急拡大させており、CIPSはその中核的なツールとして活用されています。

また、イランや中東諸国、アフリカ諸国なども、西側主導の金融制裁を回避する手段としてCIPSに関心を寄せており、今後も利用国が増える可能性があります。ただし、現時点ではSWIFTの圧倒的な規模と信頼性には及ばず、あくまで補完的な役割を担っているに過ぎません。さらに、人民元の為替の柔軟性や国際的な透明性といった課題も依然として残っています。

結語

CIPSは単なる中国製のSWIFT代替網ではなく、中国の金融主権回復と地政学的戦略を支える基幹インフラです。グローバルな金融秩序が多極化していく中において、CIPSは中国が「経済的独立と影響力の拡大」を図るための重要なツールであり、今後の国際金融システムの在り方にも大きな影響を与えていくでしょう。

次回は、このCIPSと対比される形で長年国際送金の中枢を担ってきた「SWIFTという支配網」について、さらに深掘りしていきます。

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