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Firefoxの市場シェアの推移と盛衰

Mozilla Firefoxは2004年に正式版が公開されたオープンソースのウェブブラウザです。Internet Explorer(以下、IE)が独占的だった市場に挑み、登場当初は高速な表示、タブブラウジングや拡張機能によるカスタマイズ性の高さなどが評価されました。一時は世界シェア約3割に達しIEの牙城を崩しましたが、2008年に登場したGoogle Chromeとの競争を経て次第に勢いを失い、2020年代には一桁台のシェアにまで落ち込んでいます。本レポートでは、Firefoxの2000年代前半から2025年までの市場シェアの推移を振り返り、その盛衰の背景を、競合ブラウザとの関係、技術革新、Mozillaの収益構造や提携、ユーザー層とブランドイメージの変化といった観点から時系列で分析します。

目次

2000年代前半:IE独占への挑戦と急成長

2000年代前半、ウェブブラウザ市場はMicrosoftのIEが支配的で、そのシェアは90%以上に及んでいました。しかしIE6は2001年のリリース以降長らく大きな更新がなく、セキュリティ面の不安や技術的陳腐化が指摘されていました。こうした中、Netscape由来のオープンソースプロジェクトであるMozillaは「Mozilla Application Suite」からブラウザ部分を独立させ、軽量化した新ブラウザを開発します。それがFirefoxであり、2002年にプレリリース版(コードネーム「Phoenix」)が公開、2004年11月に正式版1.0がリリースされました。

Firefoxは当初から技術コミュニティや上級ユーザーの支持を集め、IEにはないタブブラウズや豊富な拡張機能によるカスタマイズ、そして悪名高いActiveXを避けた堅牢なセキュリティなどが評価されました。リリースから9か月で6000万回以上ダウンロードされるなど爆発的なスタートを切り、シェアも着実に伸ばしていきます。2007年時点でFirefoxは世界シェア約10%台に達し、特に欧州では24%超と高い支持を得ていました。2008年にはついに世界シェア20%を突破し、IEの独占体制を崩す大きな節目となりました。この頃にはIEのシェアも約70%前後まで低下しており(2004年は90%超)、Firefoxは名実ともにIEに次ぐ第二のブラウザとして定着します。また同時期、AppleのSafari(2003年登場、主にMacと2007年発売のiPhoneで普及)やOperaなど他のブラウザも存在しましたが、シェア面ではFirefoxがIE打倒の筆頭格でした。

技術面では、Firefoxはオープンウェブ標準の推進役ともなり、IEに実装の遅れていたCSSやSVGといった標準をいち早くサポートしました。拡張機能では広告ブロックや開発者向けツール(Firebugなど)が人気を博し、ユーザー主導の機能拡張文化が育まれました。また、Mozillaは非営利団体でありつつも経営面で検索エンジンからの収入に支えられていました。Firefoxの検索デフォルトは当初よりGoogleで、GoogleからのロイヤルティがMozilla財団収入の大部分を占めていました(例えば2014年にはMozillaの総収入3億30百万ドルのうち3億23百万ドルをGoogleとの提携が占めました)。もっとも2000年代後半までは、GoogleはMozillaにとって支援者でしたが後に強力な競合相手ともなります。

2008〜2011年:Chromeの台頭と逆転劇

2008年9月、検索大手のGoogleが満を持して独自ブラウザChromeをリリースします。Chromeは高速JavaScriptエンジン「V8」やマルチプロセスアーキテクチャによる安定性を武器に、シンプルで軽快なユーザー体験を提供しました。さらにGoogleは自社の検索サイトや各種広告枠を通じてChromeを大々的に宣伝し、ユーザー獲得を推進します。その結果、Chromeは公開からわずか数年で急成長を遂げました。Firefoxも2008~2009年にかけてシェアを伸ばし2009年11月には32.2%のシェアに達して一時的にピークを迎えました。しかしChromeは2009年時点で数%だったシェアを着実に奪取し、2011年11月にはFirefox約25.2%に対しChromeが25.7%と初めてFirefoxを逆転しました。この時、依然トップのIEは約40%でしたが(残りはSafariなど)、ブラウザ市場の勢力図は大きく書き換わりつつありました。

Firefox陣営も手をこまねいていたわけではありません。2009年には高速化したFirefox 3.5をリリースし、一時は単一バージョンでIE7を超えるなど健闘しました。2011年には長らく開発が難航していたFirefox 4.0を公開し、UI刷新やHTML5対応強化、JavaScript高速化(JägerMonkeyエンジン導入)などテコ入れを図ります。またリリース後は従来の年1回程度の大規模アップデートから、Chromeに倣った高速リリースサイクル(約6週ごとに新版)へと方針転換しました。これは技術革新のスピードについていくための戦略でしたが、頻繁なバージョン更新に戸惑うユーザーもいました。

他方で、ウェブ利用のモバイルシフトという潮流もFirefoxには逆風となりました。2007年登場のiPhoneや、2008年以降普及したAndroidスマートフォンによりモバイル向けブラウザ利用が拡大します。AppleのSafariはiPhoneの標準ブラウザとしてシェアを伸ばし、Androidでも当初は標準ブラウザ(後にChrome for Android)が大量のユーザーを獲得しました。しかしFirefoxはモバイル分野で出遅れました。Mozillaはモバイル版「Firefox Mobile(開発名Fennec)」を2009年末に一部端末向けに投入、2011年にはAndroid版もリリースしましたが、動作の重さや端末メーカーとの提携不足もあり普及しませんでした。またAppleのポリシー上、iOS向けFirefoxはSafariエンジン(WebKit)のラッピングに留まり差別化が困難でした。スマホ黎明期にモバイル市場で存在感を示せなかったことは、後々までFirefoxの総合シェアに響くことになります。

2012〜2016年:モバイル時代の苦戦と組織的試練

2010年代中盤までに、世界のブラウザ利用はPCからモバイルへ大きく移行しました。StatCounterの統計では2016年にモバイルのウェブ利用がPCを逆転しています。この流れの中で、モバイルで弱いFirefoxの相対シェアは低下を避けられませんでした。実際、ある統計では2016年にFirefoxのデスクトップシェアが7.7%まで落ち込み、2000年代半ば以来の低水準となりました。Chromeは同時期に60%前後まで達し、圧倒的首位を占めています。一方、Microsoftは2015年にWindows 10とともに従来のIEに代わる新ブラウザEdge(EdgeHTMLエンジン)を投入しましたが、そのシェアは伸び悩み、デスクトップ市場でFirefoxと下位を競る状況でした(どちらも一桁台から10%程度のレンジ)。

Firefoxは苦境打開のため技術面でも組織面でも様々な手を打ちました。技術的課題の一つはマルチプロセス対応の遅れでした。Chromeがタブごとに独立プロセスを割り当てる設計で安定性を高めていたのに対し、Firefoxは長らくプロセス分離を行わず、アドオンとの互換性を重視して単一プロセスで動作していました。その結果、タブが増えると応答が阻害されるなどパフォーマンス面で不利でした。Mozillaは「Electrolysis(e10s)」計画のもとプロセス分離に取り組み、2016年頃から段階的にFirefoxへ導入しました。これによりレンダリングエンジン「Gecko」のプロセスとUIプロセスが分離され、後にコンテンツタブのプロセス並列化も進められました。加えてJavaScriptエンジンを強化したり(2013年IonMonkey導入)、メモリ効率の改善なども行いましたが、依然として「Firefoxは重い」とのイメージが付きまとい、Chromeから流出したユーザーを呼び戻すには至りませんでした。

拡張機能エコシステムにも転機が訪れました。Firefoxの強みであった強力な拡張機能は、その高度な自由度ゆえにブラウザ本体の構造刷新を難しくしていました。Mozillaは2015年、従来のXUL/XPCOMベースの拡張を廃止し、Chromeに近いAPIを持つ新拡張方式「WebExtensions」への移行を発表します。これはセキュリティ向上や将来の機能追加には有効でしたが、一部の古参ユーザーからは「お気に入りのアドオンが使えなくなる」と反発を招きました。

この時期、Mozillaの収益面・戦略面でも動きがありました。2014年、Mozillaは米国版Firefoxのデフォルト検索エンジンを、長年提携してきたGoogleからYahoo!に切り替える決断をします。当時MozillaはGoogle Chromeという強力な競合の出現に直面しつつ、収入源の大半をGoogleに依存する状況をリスクと捉えたとも見られます。しかしYahoo!検索への変更はユーザーに歓迎されず、「検索品質より政治的判断を優先した」との批判も受けました。実際、多くのユーザーは手動でGoogle検索に戻したとも言われ、Firefoxの利用継続にマイナスに働いた可能性があります。このYahoo!との契約は5年予定でしたが、2017年にMozillaは契約上の権利を行使して打ち切り、Googleを再びデフォルト検索に戻しました。後に明らかになったところでは、Yahoo!買収に伴う契約条項によりMozillaは年間3億7500万ドルの支払いを受けつつ契約終了を選べる立場にあり、それを行使したようです。いずれにせよ、収入源の再びのGoogle回帰はMozillaの経営のグラつきを示唆しました。Mozillaは他地域でも、中国ではBaidu、ロシアではYandexなど地域ごとの検索提携を行って収益源を多様化させてはいましたが、Firefoxの収益の約90%が検索連動広告料に依存する構造自体は変わっていませんでした。

2014年には経営トップの交代劇も話題となりました。Mozilla CTOでFirefox開発に携わったブレンダン・アイク氏が一時CEOに就任しましたが、同氏の過去の政治献金がきっかけで内部外部から反発が起こり、就任からわずか11日で辞任する事態となりました。この騒動はMozillaのブランドイメージにも少なからず影響を与え、「自由で開かれたウェブ」を掲げる組織の理念と経営の難しさを露呈しました。ただしブラウザ市場シェアへの直接の影響は限定的であり、Firefox低迷の主因はあくまで製品競争力と市場環境の変化にありました。

2017〜2019年:Firefox Quantumによる再起とプライバシー路線

2017年、Firefoxは大規模な刷新を伴うリリース「Firefox 57 (Quantum)」を発表します。これはMozillaが数年をかけ進めてきた「Project Quantum」の成果を結集したもので、レンダリングエンジンの中核にRust言語で実装した新技術を導入し、並列処理による高速化を実現しました。例えばCSSのレイアウト計算にはServoプロジェクト由来の「Stylo」エンジンを採用し、マルチコアCPUをフル活用することでスタイル適用を高速化しました。また先述のマルチプロセス対応も完全に有効化され、さらにUIも「Photon」と呼ばれるモダンなデザインに刷新されています。これらによりMozillaは「従来比2倍の高速化、メモリ使用量30%減(対Chrome比)」といった飛躍的性能向上を謳い、かつての機敏さを取り戻すことを目指しました。

Firefox Quantumはユーザーやメディアから概ね好意的に受け止められました。実際にページ表示の体感速度が向上し、特に大量のタブを開いた際の動作がChromeより軽快との評価も得ました。米Wired誌は「2017年にふさわしいブラウザ」「見えないトラッカーを自動でブロックし、プライバシー重視で履歴も守ってくれる。Chromeより速く、賢い」とQuantumを賞賛しています。加えてPocketの統合(あとで読む機能)やスクリーンショット機能の強化など細かな使い勝手でも改善が見られました。一方で、このタイミングで旧式のアドオンは完全にサポート終了となり、愛用していた一部機能が使えなくなったユーザーもいましたが、全体としてFirefoxのユーザー体験は近代化されました。

MozillaはFirefox Quantumリリースに合わせてマーケティングとブランドイメージの立て直しも図りました。スローガンに「Firefoxはあなたのためのブラウザ(Firefox fights for you)」と掲げ、プライバシー重視非営利である点を強調する戦略を明確にします。実際、2015年頃からMozillaは追跡ブロック機能(トラッキング保護)をプライベートブラウジングモードに搭載していましたが、2018~2019年にはこれを強化し、Enhanced Tracking Protection (ETP) として通常ブラウジングでもデフォルト有効化しました。またFacebookなど特定ドメインのトラッカーを分離する「コンテナ」機能も提供し、ユーザーのデータが巨大全に握られないよう工夫しました。こうしたプライバシー機能は競合ブラウザにはないFirefoxの差別化要因となり、特にテクノロジーに詳しい層やプライバシー意識の高いユーザーから支持を集めました。

Quantum効果もあってか、2017年末には一時的にFirefoxシェアが持ち直したとのデータもあります。NetApplicationsの統計では、2016年に7.7%まで落ち込んだFirefoxのデスクトップシェアが2017年10月には13%近くまで回復しました。しかしこれは長続きしませんでした。Chromeユーザーの大多数はエコシステム(Googleアカウント連携やChrome拡張の蓄積など)にロックインされており、わざわざFirefoxへ乗り換える動機は限定的でした。またWindowsやAndroidといったプラットフォームでのデフォルト地位を持たないFirefoxは、ユーザー獲得でどうしても不利です。結局、2018年以降Firefoxのシェアは再び緩やかな低下傾向に戻り、2019年末時点ではデスクトップで8%前後まで下降しました。

とはいえMozillaはこの頃から明確に「プライバシー重視」の路線を打ち出したことで、Firefoxのブランドイメージはかつての「速い新興ブラウザ」から「ユーザーの権利を守る良心的なブラウザ」へと変化していきました。実際のユーザー層も少しずつ変化しています。ある統計によれば2023年時点でFirefoxユーザーの約59%が男性、41%が女性で、年齢層では25~34歳が24.8%と最多を占めます。比較的若い技術志向のユーザーに支持されており、その多くはFirefoxのオープンソース性高い拡張性、そして何よりプライバシー保護へのこだわりに価値を見出しています。Firefoxはこうしたコアユーザーを支えに、市場全体では小さいながらも確固とした存在意義を維持する道を模索することになります。

2020年代:市場再編と現在のFirefox

2020年代に入ると、ブラウザ市場はさらに統合が進みました。2019年末、Microsoftは従来のEdgeHTMLエンジンを放棄し、GoogleのChromiumプロジェクトをベースとした新Edge(Blinkエンジン)への移行を発表します。2020年にはEdgeのChromium版が正式リリースされ、これにより主要ブラウザのレンダリングエンジンは実質Google系(Blink/Chromium)とApple系(WebKit)の2系統のみとなりました。Mozilla FirefoxのGeckoエンジンは「Big Tech」に属さない唯一の独立系エンジンとして残りました。MozillaはかつてIE独占に対抗するためGeckoを開発した経緯があり、ウェブ標準の多様性を守る観点からもFirefox/Geckoの存続意義は大きいとされています。しかし現実のシェアに目を向けると、Firefoxの戦いは厳しさを増しています。

まずデスクトップ市場では、Windows 10/11にプリインストールされ既定ブラウザとなる新Edgeが一定のシェアを獲得し、2021年にはFirefoxを追い抜きました。StatCounterの統計によれば、2021年3月時点のデスクトップシェアはChrome約67%、Safari約10%、Edge約8.0%、Firefox約7.97%となっており、Firefoxは長年守ってきた「3位」の座をEdgeに明け渡しました。さらにモバイル市場では、Android標準のChromeとiOS標準のSafariが支配的で、Firefoxの存在感はごくわずかです。2024年時点でFirefoxのモバイルシェアはわずか0.6%程度に過ぎないとの分析もあり、総合的に見てもFirefoxのシェアは数%台と推定されています。実際StatCounterによれば2025年2月時点でFirefoxはPC・モバイル含む全世界ブラウザシェアの約3%前後しかなく、デスクトップのみでも6.36%(第4位)に留まっています。一方Chromeは総合で約65%と圧倒的首位、SafariはiPhone効果で20%前後(総合2位)、Edgeや他のChromium派生ブラウザ(Opera、Braveなど)も少なからぬユーザーを擁します。

このように数字の上ではFirefoxの存在感は小さくなりましたが、Mozillaは製品の差別化と組織の存続に向けて手を打っています。製品面では引き続きプライバシー保護機能の強化が図られました。例えば2021年にはCookieをサイトごとに分離してサードパーティによる追跡を根本的に防ぐ「総合的なCookie保護(Total Cookie Protection)」を実装し、2022年以降これをデフォルト有効にしました。さらに暗号化通信の強制(HTTPS-Onlyモード)や、DNSクエリを暗号化するDNS over HTTPSの標準化など、ユーザーの痕跡が漏れにくい仕組みを積極的に取り入れています。こうした機能強化により、Firefoxは「プライバシーを最優先するユーザーにとっての主要な選択肢」というブランドイメージを確立しました。実際、「Firefoxユーザーの75%はプライバシー機能がFirefoxを使い続ける重要な理由」との調査もあります。また拡張機能の活用も依然盛んで、ユーザーの70%以上が何らかの拡張機能を導入しており、他ブラウザにはない高度なカスタマイズ性も保持しています。

一方、Mozillaの収益構造は相変わらず脆弱です。Firefoxの市場シェア低下により検索連動収入も縮小傾向にありますが、それでもMozilla全体の収入の大半はFirefox経由の検索エンジン提携によるものです。2022年時点でMozillaの年間収入は約5億ドル、そのうち90%近くが検索エンジンからのロイヤルティであり、中でもGoogleからの支払いが約4億ドルと最大を占めています。つまり現在でもMozilla収入の約8割強はGoogle頼みという状況です。このジレンマは2023年に表面化しました。米司法省によるGoogleの反トラスト訴訟に関連して、MozillaのCFOは「もし裁判所がGoogleによるデフォルト検索エンジン契約を禁じれば、Mozillaは事業継続が危うくなる」と証言しました。「収入源を一度に失えば大規模な人員削減が避けられず、開発縮小で製品力が低下しユーザー離れが加速する悪循環に陥りかねない。それはFirefoxをビジネスから退出させる可能性がある」と警鐘を鳴らしています。事実、Mozillaは2020年に250名(全従業員の約1/4)をレイオフしており、経営環境の厳しさがうかがえます。

もっとも、Mozilla幹部はFirefoxが消滅することの影響についても強調しています。前述の証言でCFOは「Geckoエンジンは大手テック企業に属さない唯一のブラウザエンジンであり、Firefoxが消えればウェブは単一企業群により支配される恐れがある」と述べています。この指摘の通り、2025年現在エンジンレベルではChromium(Google主導)とWebKit(Apple主導)に二極化しており、Firefox/Geckoは多様性維持の要となっています。実際、欧米の技術コミュニティや競争当局からも「ブラウザ市場の単一化(モノカルチャー)への懸念」が表明されており、Firefoxにはシェア以上の存在意義が認められていると言えるでしょう。

おわりに:Firefoxの果たす役割と展望

以上、Firefoxの誕生から現在までの盛衰を振り返りました。2000年代、Firefoxは停滞するIEに風穴を開けウェブ標準とユーザー本位の機能を普及させる原動力となりました。2009年前後には世界シェアの3分の1を得て栄華を極めますが、その後はGoogle Chromeという新たな競合の前にシェアを奪われ続けました。2020年代の今日、Firefoxのシェアはわずか数%とかつての勢いは見る影もありません。しかしその存在は決して無意味ではありません。むしろ、商業的動機から距離を置きユーザーのプライバシーとオープンなウェブを守るというFirefoxの理念は、個人情報保護や独占阻止が重要課題となった現代において一層重要になっています。

Firefoxのユーザー層は少数ながら根強い支持を示しており、「速度や便利さより信念を重視する」いわばコアな愛好者によって支えられています。Mozillaもまた、Firefox以外の新規事業(VPNサービスやプライバシー重視のPocket提案記事など)を模索しつつ、ブラウザ本体の改良を続けています。今後の課題は、いかにして一般ユーザーにも魅力を感じてもらいシェア低下に歯止めをかけるかです。既定ブラウザの壁は厚いものの、近年ではプライバシー志向の高まりや規制当局の動きも追い風になり得ます。Firefox自身も速度・機能で競合に劣らない水準を維持しており、実用上のハンデは過去ほど大きくありません。あとは「なぜFirefoxなのか」をユーザーに訴求し続けることが重要でしょう。

結局のところ、Firefoxの盛衰はウェブブラウザ市場のダイナミズムそのものです。かつて独占状態だったIEを打ち破った革新者が、今度は自らより強力な競合に追われる立場となり、それでも理念を掲げて踏みとどまっている――その歴史はウェブの進化と表裏一体です。Firefoxが今後も存続し競争を続けることは、ユーザーに選択肢を提供し続ける上で不可欠であり、ひいてはオープンで健全なインターネットの維持につながると言えるでしょう。その意味で、たとえシェアは小さくともFirefoxの存在価値は今なお失われていないのです。

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