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規律という名の「ハリボテ」が招く機能不全

かつて日本の財政を支える「鉄の規律」と呼ばれたマイナスシーリングは、今や舞台装置の裏側が透けて見えるほどに薄汚れたハリボテと化している。各省庁の要求に上限を設け、前年比で予算を削るその姿は、一見すると厳格なダイエットに励む修行僧のようにも見える。しかし、その実は、表玄関で米粒を数えるような節約をアピールしながら、裏口からは出前を大量に注文し、際限なく暴飲暴食を繰り返しているようなものだ。

この「節約のポーズ」がもたらす最大の害毒は、予算のチェック機能そのものを麻痺させている点にある。当初予算でマイナスシーリングを演じ、その後に「緊急事態」や「経済対策」という免罪符を掲げて補正予算を乱発する。この二段構えの構造は、国会における正当な議論の時間を奪い、巨額の税金が「聖域」へと流れ込むバイパス道路を作り上げてしまった。蛇口の先端を指で押さえて水流を絞ったつもりでも、ホースの根元が破裂していれば、バケツ(債務残高)に溜まる水が減るはずもないのである。

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縮小均衡がもたらす「未来の食いつぶし」

マイナスシーリングという「一律の刃」は、本来なら保護し、育てるべき芽までをも無慈悲に刈り取っている。このルールのもとでは、将来の経済成長のエンジンとなる科学技術や教育、インフラの維持管理といった予算が、単に「削りやすい」という理由だけで標的にされやすい。これは、明日の種籾を食べて飢えを凌いでいるようなものであり、長期的には国家の衰退を加速させる自傷行為に他ならない。

一方で、高齢化に伴う社会保障費という名の「激流」は、シーリングの枠外で膨張し続けている。

予算の区分管理の現状将来への影響
シーリング対象(教育・研究・事務費等)10%削減などの厳しい管理成長力の減退、行政サービスの劣化
シーリング対象外(社会保障費・国債費)自然増を容認、管理不能債務の累積、財政破綻リスクの増大
補正予算(景気対策・災害対策)規律なし、言い値で膨張予算の不透明化、無駄遣いの温床

私が官僚機構の末端で見た光景を思い出すと、今でも胸が締め付けられるような虚しさを覚える。ある部署では、たった数十万円の事務備品をマイナスシーリングのために必死で削り、職員はボロボロの椅子をガムテープで補強して使っていた。しかし、その翌月には、補正予算という名のもとに、使途も定かではない数千億円の基金が、議論も尽くされぬままに承認されていく。この「1円の節約と1兆円の浪費」が同居する空間で、現場の士気が保てるはずがない。それは規律への信頼が崩壊した、冷笑的な空気であった。

総量規制という「真の外科手術」への転換

もはや、マイナスシーリングという小手先のテクニックで財政を語る時代は終わった。今、日本に必要なのは、蛇口のひねり方を微調整することではなく、家計全体の支出に蓋をする「総量規制(歳出キャップ)」という外科手術である。他国ではすでに、債務残高が一定の閾値を超えた場合に強制的な支出抑制を発動する法的枠組みを導入している国も少なくない。

日本がこの「ハリボテの規律」に固執し続ける理由は、おそらくそれが政治家や官僚にとって都合が良いからだろう。厳しいふりをしつつ、実態としての支出は維持できる。この欺瞞こそが、日本の債務残高GDP比率を200%超という異常な高みへと押し上げた真犯人である。私たちは、もはや機能していないマイナスシーリングという幻想を捨て去り、逃げ場のない「総額の壁」を設けるべきだ。出口のない借金地獄から抜け出すには、まずは自分がどれだけ食べているのか、その総量を鏡に映し出すことから始めなければならない。

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