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鳥貴族の曲がり角――均一価格の罠と「効率化」が奪った居酒屋の本質

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破綻しつつある「かつての黄金方程式」

長らくデフレ日本の外食産業を牽引し、圧倒的なコストパフォーマンスで消費者を惹きつけてきた鳥貴族が、構造的な転換点を迎えています。全品280円均一という明朗会計を武器に急成長を遂げた同社ですが、度重なる価格改定を経て400円台へと突入した今、これまでの成長モデルをそのまま維持することは極めて困難な局面に入っています。

需要が完全に消滅したわけではありません。しかし、値上げを重ねて客単価を強引に引き上げることで店舗の採算ラインを保つ手法は、大衆酒場としてのインフラから中価格帯の専門チェーンへの強制的な変質を意味しています。薄利多売による超高回転で利益を出すという同社の根幹モデルは、市場環境の変化とともにその前提を失いつつあります。

均一価格がもたらす「負け感」と原価率の自爆スパイラル

かつての鳥貴族では、原価率の高い貴族焼がお得感の象徴であり、他のサイドメニューやドリンクも手頃な価格帯に収まっていたため、トータルでの割安感に納得して注文することができました。しかし、全品が一律400円台に乗ったことで、このバランスは劇的に崩れました。

客の心理には、原価の安い小鉢や標準的なドリンクを頼んだ瞬間に強い割高感や負け感が生じるようになります。その結果、客側は損を避けようとして、原価率の高い貴族焼やメガジョッキ、釜飯ばかりを集中して注文する防衛行動に走ります。これは店側にとって、本来であれば貴族焼の薄利を補うはずだった高粗利メニューの出数が激減することを意味します。

均一価格という看板を掲げ続ける限り、原価に見合った柔軟な価格設定ができません。客の自己防衛的な注文行動が店舗全体の平均原価率を押し上げ、値上げを実施したにもかかわらず手元に残る利益が削られるという、構造的な逆ざやスパイラルに陥るリスクがあります。

コロナ禍以前から始まっていた客足の恒久的な離脱

鳥貴族の客足の低迷は、単にコロナ禍の影響だけで片付けられる問題ではありません。実績推移を長期で追うと、最初の大きな転落は2017年秋に実施された280円から298円への値上げ時に既に発生していました。この値上げショックによって客離れが進み、コロナ前の2019年時点ですでに全盛期の約15%の客足が失われていました。

その脆弱な地盤にコロナ禍の直撃を受け、行動制限の解除後に見られた回復も、削られた後の2019年の水準に戻ったに過ぎません。全盛期を基準にすれば、2割以上の顧客が恒久的に離脱したまま戻っていない状態です。戻らない客数をカバーし、右肩上がりで膨らむコストを相殺するためにさらなる値上げを重ねるという、縮小均衡のサイクルから抜け出せなくなっています。

見せかけの効率化と「ドアマン効果」の罠

フロントエンドの業務を極限まで削ぎ落とし、タッチパネルやモバイルオーダーを導入した効率化も、利益率の劇的な改善には結びついていません。むしろ、表向きの人件費削減が別の固定費や見えない損失へとすり替わっている側面があります。

居酒屋における注文を聞くという行為は、単なる入力作業ではなく、厨房の調理状況を見極めてオーダーの流入を調整するペースメーカーであり、客単価を引き上げる営業の機会でもありました。これを画面上のやり取りに置き換えた結果、混雑時に注文が厨房へダイレクトに殺到してパンクを引き起こし、料理の提供遅れや品質のばらつき、そして客単価の低下という機会損失を生んでいます。

形式的な業務を削ったつもりが、本質的な付加価値や現場の調整機能を損なってしまう現象は、まさにドアマン効果の典型です。

生身の人間が創り出す場の体温と誇り

空間の空気を読み、絶妙なタイミングで料理を運び、言葉を交わして場を整えること。それはアルゴリズムやタッチパネルでは決して代替できない、生身の人間にしか生み出せない高度な営みです。

「削るべき無駄なコスト」として接客や現場の有機的な動きを排除し続けた結果、客側には無機質な労働を肩代わりさせられたような疲弊感だけが残り、働く側からも自らの仕事に対する手応えが奪われていきます。

テクノロジーによる省力化を盲信し、店の都合によるコストプッシュを客に押し付ける構造が続く限り、市場や生活者のシビアな見切りを止めることはできません。酒を酌み交わす場に体温を吹き込むのは人間であるという原点に立ち返り、現場で人が生み出す価値に誇りを持つことこそが、外食産業が再び支持を取り戻すための不可欠な視点です。

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