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Waylandの批判と実態: 2025年のLinuxデスクトップ環境における包括的調査

Waylandは2024-2025年において重要な転換点を迎えているが、技術的成熟と実用性の間には依然として大きなギャップが存在する。主要ディストリビューションがWaylandをデフォルトにする一方で、開発者や専門ユーザーからの根本的な批判は継続しており、多くの基本的なデスクトップ機能が未だに制限されている状況にある。

目次

Ubuntu中心の主要ディストリビューション対応状況

Ubuntuの移行タイムラインでは、2017年のUbuntu 17.10でWaylandをデフォルトにしたものの、安定性の問題で18.04では即座にX11に戻した歴史がある。2021年のUbuntu 21.04で再びWaylandをデフォルトに設定したが、NVIDIAユーザーについてはAI/ML、VFXなどの産業での重要性を理由に24.04 LTSでもX11を維持していた。しかし2024年10月のUbuntu 24.10でついにNVIDIAユーザーでもWaylandがデフォルトとなり、2025年予定の25.10では完全なWayland移行が計画されている。

Fedoraは2016年からWayland採用の先駆者として、2024年のFedora 41でGNOME X11セッションをインストールメディアから削除し、2025年のFedora 43では完全にWaylandのみとなる予定だ。Red Hat Enterprise Linux(RHEL)では2025年前半リリース予定のRHEL 10でXorgサーバーを完全に削除する決定を下しており、これは企業向けLinux最大手がWaylandに完全移行することを意味する重要な転換点となっている。

KDE Plasma 6ではWaylandがデフォルトセッションとなり機能パリティを達成したとされ、現在70-80%のユーザーがWaylandを使用している。一方、XfceのWayland対応は2024年12月のXfce 4.20で実験的サポートが開始されたばかりで、CinnamonもLinux Mint 23.xで2026年に本格対応予定と、デスクトップ環境によって対応状況に大きな差がある。

開発者からの根本的批判と技術的課題

APIの複雑さと設計哲学の問題については、開発者コミュニティから痛烈な批判が寄せられている。特に2025年にKiCadチームが発表したブログ記事では、Waylandの設計が基本的なデスクトップアプリケーション機能を意図的に除外していることを厳しく批判している。「ウィンドウの配置、マウスカーソルの移動、グローバルショートカットなど、X11、Windows、macOSで何十年も使われてきた基本機能が設計上除外されている」と指摘し、KiCadはWayland関連のバグレポートを調査・サポートしないという明確な方針を表明している。

プロトコルの断片化も深刻な問題となっている。X11の統一されたXorgサーバーとは異なり、WaylandにはGNOME/Mutter、KDE/KWin、wlroots系コンポジター、Westonなど複数の実装があり、それぞれが異なる方法でプロトコルを解釈している。mpv開発者は「全く正当で完全に正しいWaylandコードが、他のコンポジターでは突然動かなくなることが十分にあり得る」と述べ、開発者が4つの異なるWayland実装(Mutter、Plasma、wlroots、Weston)をサポートしなければならない状況を批判している。

X11からの移植コストと開発ドキュメントの問題については、「Waylandクライアントプログラミングガイドでは、ドキュメントが完全にコードと同期しておらず、ネット上で見つかる例は動作せず、動作させるのは最低でも困難」と記されている状況だ。14年の開発期間を経ても、プログラミング書籍が出版されていないのは、技術の成熟度を如実に表している。

NVIDIAドライバー対応状況と具体的問題

NVIDIAドライバーのWayland対応は2024年に大きな転換点を迎えた。NVIDIA 555シリーズで念願のexplicit sync対応が実現し、長年の問題だった画面のちらつきや黒い画面、視覚的な不具合が大幅に改善された。現在はNVIDIA 495以降でWaylandの基本サポートが提供されており、560以降ではnvidia-drm modeset=1がデフォルトで有効になっている。

しかし、ゲーミング性能に関する問題は継続している。Steam Playでのプロトンゲームでは60%以上のパフォーマンス低下が報告され、Unity エンジンゲームではCPU描画のような極度に悪いパフォーマンスが発生する。Baldur's Gate 3ではGPU クラッシュとピクセル化した灰色の四角が表示され、Helldivers 2ではフレーム低下とシステム不安定が頻発している。特にOptimus(ハイブリッドグラフィックス)搭載ラップトップでは外部モニター取り外し時にクラッシュが発生し、マルチモニター構成での不安定性が指摘されている。

AMD とIntelのグラフィックスドライバーはWaylandで優秀な互換性を提供しており、多くの場合X11よりも優れたパフォーマンスを示している。特にIntelは最高級のWaylandサポートを提供すると評価され、Linux カーネルやグラフィックススタックへの貢献も大きい。しかし、4K動画再生テストでは、Waylandが12.54%のCPU使用率を記録したのに対し、X11(コンポジティング無効)では3.6%と、Waylandで18%のパフォーマンス低下が確認されている。

キーボード入力システムと基本デスクトップ機能の課題

日本語入力(IME)の問題は特に深刻で、Waylandの入力メソッドアーキテクチャーには深刻なプロトコル断片化が存在する。text-input プロトコル(v1、v2、v3)とinput-method プロトコル(v1、v2)がすべて完全に非互換で、アプリケーション、ディスプレイサーバー、入力メソッド間のプロトコルバージョンが完全に一致しなければ、多言語テキスト入力が完全に失敗する。Mozc日本語入力はZorin OS 17などのディストリビューションでWaylandセッションでの動作に失敗し、X11に切り替えた場合のみ正常に動作するという報告が多数ある。

グローバルショートカット機能は基本的に破綻している状況で、GNOME とwlroots系コンポジターはglobal shortcuts desktop portalをサポートしておらず、KDE Plasmaのみが動作する実装を提供している。Hyprlandの実装は「ほとんど無用」と評される状態で、アプリケーションが提供するデフォルトホットキーを無視し、GUIによるホットキー管理も存在せず、手動で設定ファイルの編集が必要となっている。

リモートデスクトップ(VNC、RDP)の互換性問題では、X11の標準だったx11vncの同等品が存在しない状況が続いている。WayVNCはwlroots系コンポジターでのみ動作し、gnome-remote-desktopは帯域幅要求が10倍以上(1-2 Mbps → 10+ Mbps)となり、低速接続でのリモートワークが実質不可能になっている。KDE のKRdpは不安定でクラッシュが頻発し、既存のVNCベースの企業インフラが使用できなくなるため、企業のWayland移行が阻害されている。

スクリーンキャプチャと録画ソフトウェアの制限も深刻で、OBS Studioでは複雑な環境変数設定とportal依存性が必要で、多くの場合黒い背景にカーソルのみが表示される問題が発生している。Screenshot ツールのSpectacle(KDE)では「スクリーンショットを撮ることができませんでした」エラーが頻発し、Flameshotではクリップボードへのコピー機能が完全に破損している。

エンドユーザーの実際の使用感と深刻な不満

システム安定性の問題では、Ubuntu 22.04ユーザーから「インストール時にWaylandがデフォルトになり、数時間のランダムな周期でシステム全体がハードクラッシュする。セッションをX11に戻すと問題が停止した」という報告が多数寄せられている。Git GUI/Gitkでは「80%の確率でアプリ起動時に破損したインターフェイスが表示され、gitkを数回再起動するとwaylandセッションがクラッシュする」という問題が報告されている。

プロフェッショナルソフトウェアの互換性では、Eclipse IDEが複数バージョンでUbuntu上のWaylandでクラッシュし、GDK_BACKEND=x11の設定でX11モードを強制する必要がある。XP-Penタブレットユーザーは「waylandではペンを実際に画面に書かせることが不可能」と述べ、WindowsからLinuxへの移行を断念している。AutoKeyによる自動化ツールは完全に破損し、「これはX11アプリケーションであり、Waylandをデフォルトとして使用するディストリビューションでは100%機能しない」と公式に表明されている。

リモートワークとスクリーン共有の深刻な問題では、Zoomで「Screen Shareがwaylandで破損している」という数百の返信があるコミュニティスレッドが継続している。Zoomは「waylandをサポートするのはUbuntu(17、18)、Fedora(25から29)、Debian 9、openSUSE Leap 15、Arch LinuxでのGNOMEのみ」という限定的なプラットフォームサポートしか提供しておらず、「共有を停止したり、他の参加者が何かを共有しようとするたびにアプリが完全にクラッシュするのは致命的」とユーザーは訴えている。

ゲーミング性能の不満では、Arch Linuxユーザーが「Steam FPSカウンターが安定した55-60 FPSを示しているにもかかわらず、ゲームプレイが遅延し、時々スローモーションのように感じられる」と報告している。GNOME Gamesユーザーは「waylandでのgnome-gamesテストでは、ゲームの動作が遅く、音が連続的にカットされるパフォーマンスに顕著な違いが見られる」と述べている。

最新の改善状況と今後の展望

2024年の技術的ブレークスルーとして、explicit syncプロトコルの全面展開が実現された。Mesa 24.1でのVulkanドライバー対応、KDE Plasma 6.1での完全実装、GNOMEでのMutterへのマージ、NVIDIA 555以降でのドライバー対応、XWaylandでのサポート統合により、NVIDIAユーザーにとっての主要な障壁が解決された。これにより、長年の問題だったちらつき、黒いウィンドウ、グラフィカルアーティファクトが大幅に改善されている。

カラーマネジメントプロトコルも2025年2月にwayland-protocols 1.41として5年間の開発努力が完結し、KWin、Mutter、Weston、wlrootsでの実装が進行中だ。sRGB、Wide Color Gamut(WCG)、HDRコンテンツのサポートを提供し、2025-2026年にエンターテイメント向けHDRサポートが実用化される見込みだ。

企業の戦略とロードマップでは、Red Hat Enterprise Linux 10が2025年前半にXorgサーバーを完全削除する決定を下し、「RHEL 10からは最新のスタックとエコシステムのみに注力することで、HDR、セキュリティ強化、低・高密度ディスプレイの混在セットアップなどの問題に取り組むことができる」と表明している。CanonicalもUbuntu 24.10でNVIDIA Waylandをデフォルトにし、企業とデスクトップの融合に投資を継続している。

アプリケーションエコシステムの改善では、JetBrains IDE 2024.2でネイティブWaylandサポートが実装され、Godot 4.3、VirtualBox 7.1、Chrome でのVA-API動画アクセラレーションなど、2024年に多くの重要アプリケーションがWayland対応を完了している。Wine 9.22ではWaylandドライバーがデフォルト有効となり、Valve エンジニアがWaylandプロトコル開発を加速している。

残存する技術的課題として、スクリーン録画と共有はportalベースのソリューションが標準化途中で、Discord のネイティブWaylandスクリーン共有が2025年に予定されている。グローバルホットキーはinput capture portalが基盤を提供し、アプリケーション固有のソリューション開発が進行中だ。レガシーアプリケーションサポートではXWaylandの改善によるX11互換性向上、Wine WaylandドライバーのP成熟、Flatpak/XDG portalの標準化が継続されている。

結論:2025年のWaylandの現実

調査結果から、Waylandは2024-2025年に重要な技術的転換点を迎えたことが明確になった。explicit syncの実装とNVIDIA互換性の改善、主要デスクトップ環境での機能パリティ達成、企業レベルでのコミットメントにより、メインストリーム用途では「実験的代替手段」から「プロダクション標準」への移行が完了している。

しかし、専門的ワークフローと特殊アプリケーション領域では重大な問題が継続している。日本語入力システムの不安定性、プロフェッショナルソフトウェアの互換性問題、リモートデスクトップアクセスの制限、基本的なデスクトップユーティリティの欠如など、日常的な生産性に直接影響する問題が多数残存している。

開発者コミュニティからの根本的批判は設計哲学レベルに及び、セキュリティ重視の設計選択と実用的な開発者・ユーザーニーズとの間の根本的緊張関係を示している。KiCadのような専門アプリケーションによる明示的なWayland拒否は、プロトコル制限への対処よりも回避を選択するトレンドを表している。

2025年以降の展望としては、企業環境と一般デスクトップ使用では Waylandが主流となる一方、専門的・レガシーワークフローではX11が継続的に必要という二極化が進行すると予測される。組織は個別の要件に基づいてWayland移行戦略を慎重に計画し、特に日本語環境やプロフェッショナルツールを多用する環境では段階的な検証アプローチが推奨される。

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