オープンソースでオフィス文書を編集できる Collabora Online を自前で運用しようとすると、まずその基盤となるストレージ/コラボレーション環境を選ぶ必要がある。
代表的な選択肢が Nextcloud と ownCloud である。両者は見かけ上よく似ているが、理念も開発体制も異なり、運用の思想に明確な差がある。
本稿では、表面的な機能比較ではなく、それぞれの設計思想、運用実態、そして現実的な選択肢を整理する。
ownCloud ― 安定基盤としての伝統的設計
ownCloud は 2010 年に発足した老舗のセルフホスト型クラウドソフトウェアであり、ファイル同期と共有を目的に設計されている。
商用版とコミュニティ版を分離する オープンコアモデル を採用しており、拡張機能やサポートは企業契約に含まれる。
構造は比較的保守的で、データ同期や認証の仕組みは堅牢である一方、PHP やデータベースの更新追随が遅れる傾向がある。
Collabora Online との統合は可能だが、設定や維持には手作業が多く、企業利用では安定するまで調整が必要になる。
開発の主軸は現在「Infinite Scale」という Go 言語ベースの新アーキテクチャに移行しており、旧来版とは非互換であるため、過渡期の揺らぎが存在する。
Nextcloud ― 自律的クラウドを目指す統合基盤
Nextcloud は 2016 年、ownCloud の創設者が「オープンソースを閉じすぎている」として分岐させたプロジェクトである。
その根本思想は データ主権(digital sovereignty) にあり、ユーザーがクラウドサービスのすべてを自分で運営できる世界を志向している。
この理念から、単なるストレージではなく、ファイル・チャット・カレンダー・メール・Office まで統合した「自己完結型クラウド環境」として発展した。
多機能化が批判される一方で、アプリ構成を選択的に無効化できる柔軟性があり、Files と Office のみを残した軽量運用も現実的である。
Collabora Online とは公式に統合されており、設定は GUI ベースで完結するため、運用安定性の面でも優位にある。
Nextcloud AIO と macOS 環境
Nextcloud は公式に AIO(All-In-One) イメージを提供しており、Docker 上で Nextcloud 本体、DB、Collabora、Proxy をまとめて構築できる。
初期構築が容易で、試験導入に適している。
macOS では以前 Docker Desktop の互換性が低かったが、現在は公式で OrbStack を推奨 しており、Linux に近い挙動を得られる。
ただし OrbStack 自体は新しく、長期安定運用を前提とするなら Linux ホストで動かすのが無難である。
比較と現実的選択
| 観点 | ownCloud | Nextcloud |
|---|---|---|
| 開発体制 | 商用主体、安定重視 | コミュニティ主体、開発活発 |
| Collabora連携 | 手動設定・限定的 | 公式統合・自動設定 |
| 拡張思想 | ファイル共有に特化 | 自前クラウド統合を志向 |
| 運用の安定性 | 機能限定で安定 | アップデート頻度高く柔軟 |
| 長期将来性 | Infinite Scale移行期 | 現行Hubが成熟 |
結論として、Collabora Online の基盤としては Nextcloud のほうが現実的である。
Nextcloud は多機能だが取捨選択が容易で、AIO によって導入の障壁も下がった。
ownCloud は基盤としての安定性を保っているものの、Collabora 連携や将来的な移行負担を考えると慎重な選定が必要である。
まとめ
Nextcloud は「自分でクラウドを運営する」という理念のもと、機能を抱え込みながらも自由に選べる統合環境を提供している。
一方で ownCloud は「堅牢なファイル共有基盤」として完成しており、理念は対照的である。
Collabora Online を中心に置く場合、Nextcloud は設定・更新・運用の全体で合理的に設計されており、
まず AIO と OrbStack で試し、最終的に Linux 環境で安定化させる構成が最も現実的な落としどころとなる。