2024年11月、X(旧Twitter)のブロック仕様が変更され、「ブロックした相手からも公開投稿が閲覧できる」という極めて歪な仕様になりました。
一見すると「イーロン・マスクの思いつきによる改悪」に見えるこの問題ですが、その構造を掘り下げると、「言論の自由を掲げながら都合よく妥協したイーロン・マスク」と、「自らの理念を投げ捨てて保身に走ったアプリストア(Apple / Google)」による、醜いチキンレースの産物であることが見えてきます。
本稿では、この中途半端なクソ仕様がなぜ生まれ、誰がどのような欺瞞を抱えているのかについて整理・記録しておきます。
1. 現行仕様がもたらした「最悪のユーザー体験」
現在のXのブロック仕様は、以下の通りです。
- 閲覧は可能: 公開アカウントである限り、ブロックされた相手も投稿やプロフィールを直接閲覧できる。
- インタラクションは不可: リプライ、いいね、リポスト、DM、フォローなどは制限される。
- ブロックの事実が可視化される: プロフィールを開くと「ブロックされています」と明確に表示される。
この仕様がもたらしたのは、双方にとってのストレスの最大化です。
- 防衛側の不利益: 従来の「視界から消して関わりを断つ」という自衛手段が奪われ、ストーカー行為やスクショを用いた晒し・間接的な嫌がらせを容易に許す構造になった。嫌なら「鍵垢(非公開)」に逃げ込むしかなく、被害者側が発信の自由を制限される本末転倒な事態に陥っている。
- 被ブロック側の不快感: 「拒絶された事実」をわざわざ突きつけられながら、投稿自体は見えてしまうという精神的摩擦を生んでいる。
「あなたのことは拒絶しますが、監視は許可します」という、人間関係において最も軋轢を生むキメラのような機能になっています。
2. アプリストア(Apple / Google)の完全な欺瞞と職務放棄
なぜこんな中途半端な仕様になったのか。その最大の要因は、AppleのApp StoreやGoogle Playが定める「アプリ内でのブロック機能の実装義務」にあります。
形式主義と責任逃れのアリバイ作り
アプリストアがUGC(ユーザー投稿)アプリにブロック機能を義務付けている本来の目的は、嫌がらせやストーカーからユーザーを守るセーフティネットの提供です。
しかし、閲覧が筒抜けになった時点でその防御機能は実質的に崩壊しています。本来の理念に照らせば、この仕様変更を行ったXは即座に規約違反としてストアからリジェクト(BAN)されなければ筋が通りません。
強者に対するダブルスタンダード
もしこれが個人開発者や中小企業のSNSであれば、「ハラスメント防止機能の不備」として一発で審査落ちしています。
しかし、相手がイーロン・マスク率いるXとなると話は別です。
- Xを本気でBANすれば、反トラスト法(独禁法)闘争の激化や「言論検閲だ」という政治的バックラッシュを招く。
- 失うものが大きいAppleやGoogleは、全面戦争を恐れて「『Block』というボタンと機能の枠組みが一応残っているからセーフ」と形式審査でパスさせた。
結局、ビッグテックが掲げる「ユーザーの安全」などただのポーズであり、法的責任の回避(免責)と自社の独占的プラットフォーム支配の維持が最優先であるという実態を露呈させました。
3. イーロン・マスク側の論理破綻と妥協
では、イーロン・マスク側に筋が通っているかと言えば、決してそうではありません。彼の「言論絶対主義」の観点からも明確な論理破綻が存在します。
「言論の自由」との矛盾
マスク氏の思想が「開かれた広場(Town Square)における言論の自由」であるなら、相手からのリプライや引用といった言論行為(アクション)を特定個人が一方的に制限・遮断できる権限を残していること自体が原理原則と矛盾します。
「見る権利(情報アクセス)」は奪えないとしつつ、「話す権利(言論・リアクション)」は奪って良いとする明確な論理的根拠はありません。
摩擦(フリクション)による実質的な言論規制
「別アカウントを作ればアクションできる」というのは形式上の抜け道に過ぎず、アカウント切り替えや新規作成といったコスト(摩擦)を強制的に課す行為は、実質的な言論規制そのものです。
理念の切り売り
マスク氏が自らの思想を100%貫くのであれば、「ブロック機能の完全撤廃+各自によるミュート(自分の視界から消すだけ)」以外に論理的一貫性はありませんでした。
しかし、アプリストアから締め出されてモバイル経由のトラフィックとビジネスが壊滅するリスクを恐れた結果、「閲覧は許可するがアクションは縛る」という形で自分の思想を都合よく切り刻み、妥協したのが実情です。
4. 結論:チキンレースのツケを払わされるユーザー
この問題の本質は、以下の2つの思惑が衝突した結果生まれた「最悪の妥協」です。
- ストアBANを恐れて思想を捻じ曲げ、中途半端な制約を残したイーロン・マスク
- 全面戦争を恐れて安全理念を投げ捨て、形骸化したブロックを黙認したアプリストア
どちらも自らの看板(言論絶対主義 / ユーザーの安全保護)を一貫して守る気概はなく、自社の利害と保身のために原則を歪めました。
その結果として生み出された「誰にとっても不快で、ハラスメントを助長するキメラ機能」を、日々利用料やデータを差し出している一般ユーザーだけが一方的に使わされ、割を食わされています。