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東京が消し飛んでもシステムを復旧させるのか?──現場を凍りつかせる「BCPチェックシート」という名の茶番

イランによるAmazonのデータセンターへの攻撃により顧客データが永久に失われる - GIGAZINE

中東にあるクラウド事業者のデータセンターが物理的な軍事攻撃を受け、単一アベイラビリティーゾーンに配置されていたデータが恒久的に失われたという報せは、インフラエンジニアや企業のリスク管理部門に冷水を浴びせました。どれほど論理的に抽象化されていようと、クラウドの実体は特定の緯度と経度に固定されたコンクリートとシリコンの塊であり、不可逆な物理破壊の前には無力であるという冷厳な事実です。

しかし、このニュースに触れたとき、私たちが真に直面させられるのは技術的アーキテクチャの敗北だけではありません。日本の多くの大企業で機械的に配られ、現場のエンジニアが半ば虚無感とともに記入させられている「事業継続計画(BCP)チェックシート」の欺瞞こそが、白日の下に晒されたと言えます。

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「基幹インフラだけが無傷」というSF的ご都合主義

教科書的なBCPやクラウドの設計論では、東京リージョン(ap-northeast-1)が被災した際の解として「米国バージニア州(us-east-1)などへのマルチリージョン・フェイルオーバー」が平然と語られます。アーキテクチャ図の上では、太平洋を跨ぐ矢印を一本引くだけで対策が完了したかのように見えます。

しかし、現実の物理世界を少しでも想像すれば、この前提がギャグの領域にあることは明白です。東京が物理的に瓦解するほどの軍事攻撃や巨大災害が発生したとき、なぜ房総半島や茨城沿岸にある海底ケーブル陸揚局(CLS)や、都心のインターネットエクスチェンジ(IX)、超高圧変電所だけが奇跡的に無傷で稼働し続けているのでしょうか。

大動脈である太平洋横断ケーブル網や中継施設への給電が落ちれば、海外リージョンへのデータハイウェイそのものが瞬時に遮断されます。配管が根元から爆破されているのに、蛇口の先の水質を議論しているようなものです。海外拠点でデータが無事であろうと、それを国内の誰も参照できず、操作もできない状態であれば、そのシステムは宇宙空間を漂う無人の人工衛星と何ら変わりません。

「この状況で仕事するわけないだろ」という正常な直感

さらに奇怪なのは、そうした極限状態においても「生身の担当者が平然と職務を遂行する」という前提がチェックシートの裏に忍ばされている点です。

東京が壊滅的な打撃を受け、明日また第2波の攻撃や激しい余震が来るかもしれないという状況下で、人間が真っ先に取るべき行動は一つしかありません。家族の安全を確保し、水と食料を抱えて、生存のために一刻も早く東京から脱出することです。

電気も水道も止まり、通信も途絶えた混乱の都市において、脱出の判断を数時間誤ることはそのまま死に直結します。そんな極限状態に置かれた生身の人間に対して、「担当サービスを他リージョンへ切り替えて持続性を担保できるか」と問うこと自体、破綻した状況認識と言うほかありません。

チェックシートを埋めながら多くのエンジニアが抱く「この状況で仕事するわけないだろ」という吐き捨てるような直感は、職責の放棄などではなく、生命を維持しようとする生物として最も健全で正確な現実認識です。

組織防衛のためのアリバイ工作と責任の所在

では、なぜこのような絵空事のチェックシートが、大企業では全サービスの担当者に向けて一律に強制されるのでしょうか。理由は極めてシンプルで、それが現場の危機管理のためではなく「組織のアリバイ作り」として運用されているからです。

経営陣やリスク管理部門の目的は、実際に国家機能が麻痺したときにサービスを復旧させることではありません。株主総会、監査法人、取引先に対して「当社は全社的にリスクを評価し、統制を図っています」と報告するためのエビデンス、すなわち「記入済みシートの束」を揃えることが自己目的化しています。

そしてこの構造の最も残酷な点は、想定外の破滅が起きた際の泥を現場に被せられる余地を残していることです。「事前に貴方がこの時間で復旧できると書きましたよね」という手続きを踏ませることで、管理側は免責され、破綻の責任は「現場の見通しの甘さ」へと矮小化されます。

欺瞞を捨て、本当の「生存」から逆算する

平時のビジネスやSaaSが提供する価値は、社会インフラと法秩序という巨大な土台が正常に維持されていて初めて成立する二次的な産物に過ぎません。

組織の体裁を保つための書類仕事に大人の対応として付き合うことは、サラリーマンとしての処世術かもしれません。しかし、心の奥底にある「世界が終わっているときに、会社のシステムを心配している場合ではない」という冷徹な感覚だけは手放してはなりません。

物理インフラが国家間の武力衝突や未曾有の大災害に巻き込まれたとき、真に問われるのはSaaSの可用性ではなく、私たち自身がいかに今日を生き延びるかという、剥き出しのサバイバルなのです。

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