100年前の世界恐慌において、株式はもちろん大暴落した。しかし一方で物価はどうだったのか。実は世界恐慌時には株価暴落と同時にデフレーション(物価下落)が特徴的だった。アメリカでは1929年から1933年にかけて消費者物価指数が約25%下落し、「デフレスパイラル」という悪循環が経済を蝕んだ。
ところがオイルショック時には全く異なる現象が起きた。1973年の第1次オイルショックでは、日経平均株価が約50%暴落する一方で、日本の消費者物価は1974年に前年比23%上昇という「狂乱物価」を記録した。株価下落とインフレが同時進行するという、通常の経済理論では説明困難な「スタグフレーション」が発生したのである。
現象は正反対でも、株券の紙屑化は共通している。ここには何か通底するものがあるのではないか。
システミックショックの本質
世界恐慌もオイルショックも、現象は正反対だが株式の大暴落は共通している。この通底する要因こそが、経済システムへの根本的ショックなのだ。
世界恐慌は金融システムの崩壊と信用収縮、オイルショックはエネルギー基盤の激変である。いずれも経済の「前提条件」が一挙に変わった瞬間だった。株価は将来収益の現在価値だが、システム全体が揺らぐと企業の将来収益が予測不可能になる。投資家は「何が起こるか分からない」状況でリスク資産を回避し、株式が「紙屑化」する。
つまり、株式が本当に無価値になるのは単なる景気循環ではなく、経済の基盤的な枠組み(パラダイム)が根底から揺らぐときなのである。従来の資産評価基準が通用しなくなる局面では、「ゲームのルール」自体が変わってしまう。
論理的に考えて、オルカンのような投信の長期投資が最もパフォーマンスが高いのは確かかもしれない。しかし65歳のときに世界恐慌やオイルショックが来たら、その人にとってオルカンの積立投信戦略は最悪の戦略だったことになる。1929年のダウ平均が元の水準を回復したのは1954年、つまり25年後である。70代の人に「25年待て」は酷な話だ。
アメリカという特異点の100年
「S&P500の100年リターンを見れば長期投資は必ず勝つ」という主張をよく耳にする。年勝率約74%、平均リターン12%超という華々しい数字が並ぶ。しかしこれは重大な錯覚である。せいぜい100年程度の分析では、sin波の0.3周期を見て「右肩上がりだ」と言うに等しい。
歴史を俯瞰すると、覇権国の興亡は数百年サイクルで起きている。オランダのギルダーは17-18世紀に世界の基軸通貨だったが、今はユーロに吸収され消滅した。大英帝国のポンドは19世紀末には疑いなき国際基軸通貨だったが、1914年時点でまさか30年後に覇権を失うとは誰も思わなかった。
S&P500の100年リターンとは、実は「アメリカ覇権100年」のリターンなのである。20世紀のアメリカは極めて特殊な条件下にあった。二度の世界大戦で本土は無傷、ブレトン・ウッズ協定で基軸通貨国として君臨、人口ボーナスと技術革新が重なった黄金期だった。
ところが1971年のニクソンショックは、主流の見方では「ドルが金の制約から解放されて自由度拡大」とされるが、別の見方をすれば「金との交換停止=事実上のデフォルト」である。ベトナム戦争の戦費で財政破綻し、以降50年間は借金で延命し続けている状態とも言える。現在の中国・ロシアの脱ドル化、BRICS通貨構想、アメリカの財政赤字拡大を見ると、アメリカ覇権の終焉が近づいているのかもしれない。
過去の成功体験に基づく投資戦略が、まさに転換点で大失敗するリスク。これこそが長期投資の最大の盲点である。
歴史から学ぶ生存戦略
人間の認知には根本的な限界がある。人間の寿命は70-80年だが、覇権国の寿命は200-300年、基軸通貨の寿命は100-150年である。つまり人間は国家のサイクルの長さが人間の命より遙かに長いことを理解しなければならない。
ポンドの崩壊を大英帝国の人々は信じなかっただろう。ギルダーは今どうなったか。そして現在のアメリカ国民も「我が国の覇権は永遠だ」と思っているかもしれない。しかし歴史を学ぶ意義はまさにここにある。ローマ帝国の市民も、オスマン帝国の民も、大英帝国の国民も、みんな「我が帝国は永遠だ」と思っていたのである。
次にリーマンショッククラスの危機が起きれば、2008年のときの対応は先進諸国にはできないだろう。既に金融緩和の余地はなく、コロナショックのようなバラマキもできない。「弾切れ」状態で次の危機を迎えることになる。むしろ2008年や2020年で崩壊していた方が傷は浅くて済んだかもしれない。短期的な安定を追求した結果、長期的により不安定になるという政策のジレンマである。
数十年サイクルでとんでもないことが起きる。そして今、欧米は錯乱しているようだ。21世紀は盤石に思えた欧米に綻びが見え始め、一方で中国が数百年ぶりの台頭を見せている。歴史の大きな転換点に我々は立っているのである。
国家の存亡をかけての戦いのために見据えるべきもの、それが歴史だ。感情的な自虐史観も誇り史観も論外である。冷静に事実を見て、パターンを読み、将来に備える。これは投資判断の基本でもある。歴史は感傷や自己満足のためではなく、生き残るための知恵として学ぶものなのである。