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宿泊税は論理的に問題外の政策である

千葉県が導入目指す宿泊税に現場から異論…TDR抱える浦安市「狙い撃ちだ」、民宿「定額制だと割高」(読売新聞オンライン) - Yahoo!ニュース

千葉県が検討している宿泊税は、その導入が議論される段階にすら値しないほど、論理的根拠に乏しい政策です。本記事では、宿泊税の課税根拠がどれほど薄弱であるかを明らかにし、そのうえで、政治的な反対を主張する際にどのような戦略が必要かを議論します。

宿泊税の課税根拠がいかに薄弱か

宿泊税の導入は、「観光振興」や「観光地の持続可能性」といった抽象的な大義名分を掲げていますが、その具体的な課税根拠がほとんど示されていません。以下、その問題点を列挙します:

  1. 課税額の根拠が不明
    一律150円という課税額がどのように設定されたのか、科学的・経済的な根拠が一切示されていません。
  2. 適用範囲の恣意性
    修学旅行生を除外するか否かといった議論が行われていますが、そもそも課税対象が宿泊者に限定される理由が不明です。観光振興を理由とするならば、宿泊以外の観光行動も負担対象になるはずですが、その視点は欠落しています。
  3. 評価手法の欠如
    宿泊税が導入された場合、その成果をどのように評価するのかという基準が全く存在しません。観光客数の増加や地域経済への波及効果を測定する具体的な仕組みがないまま進められるのは無責任です。
  4. 税収の使途が不透明
    「税収の4分の1を観光地域づくり法人(DMO)や市町村に支援する」とされていますが、配分方法や具体的な活用法が曖昧で、不信感を招いています。

以上のように、宿泊税の課税根拠は極めて薄弱であり、政策としての整合性を欠いています。


政治的主張として宿泊税にどう向き合うべきか

論理的に宿泊税が問題外であることは明らかですが、政治的な場で反対を主張する際には、別の戦略が求められます。特に重要なのは、宿泊税の是非について話をすること自体が相手の土俵に乗る行為であり、増税推進派に利用される可能性がある点です。

宿泊税議論の土俵に乗る危険性

政治の現場では、「オーバーツーリズムは確かに問題だが......」といった形で議論を始めた瞬間、相手にその部分だけを切り取られ、課税の正当性が補強されるリスクがあります。また、議論が「オーバーツーリズムの是非」や「観光振興の重要性」に移行し、肝心の宿泊税そのものへの批判がぼやけてしまう可能性があります。

きっぱりと増税に反対し、減税と規制緩和を求める

そのため、政治的には以下のような主張が求められます:

  1. 「これ以上の増税は認められない」と明確に主張する
    現在の日本では国民負担率が高まり、多くの人々が生活の厳しさを感じています。この状況下で新たな税を導入する余裕はなく、むしろ住民税や社会保険料を減らすべきです。
  2. 「観光振興には規制緩和が必要」と訴える
    宿泊税の議論を避け、観光地の発展に寄与する政策として民泊の180日ルールの撤廃など、具体的な規制緩和や支援策を提示します。
  3. 「増税の前に既存予算の無駄を削れ」と要求する
    宿泊税の新設ではなく、既存の税収を観光振興に活用する方法を優先すべきだと主張します。これにより、増税以外の解決策があることを示せます。
  4. 「宿泊税議論を回避し、減税を議題に据える」
    宿泊税についての議論そのものを避け、「むしろ減税が必要」という方向に話題を誘導します。これにより、増税の議論が後景に退き、国民の負担軽減が主要なテーマとなります。

聡明な市民に向けた論理的説明

一部の論理的な市民に対しては、宿泊税が本来議論の俎上にすら上がるべきでない理由を説明することも重要です。

  • 宿泊税は政策設計としての体をなしていない: 薄弱な課税根拠、不透明な税収の使途、評価手法の欠如といった基本的な問題を抱えています。
  • 政策の本質を問う視点を持つべき: 「なぜ増税なのか」という問いを超え、「なぜ減税ではないのか」「なぜ既存予算で対処できないのか」という方向へ議論を進める必要があります。

結論

宿泊税は、課税根拠が薄弱で、政策としての妥当性を欠いています。これに反対する際には、論理的な正しさを主張するだけでは不十分であり、議論の枠組みそのものを再設定する必要があります。

増税に反対し、むしろ減税や規制緩和を求めることが、政治的には最も効果的な態度です。また、聡明な市民に対しては、宿泊税がいかに議論の俎上にすら上がるべきでない政策であるかを論理的に示すことで理解を深めることができます。

宿泊税の議論を乗り越え、国民負担の軽減と自由な経済活動の促進を目指した政策提案を進めるべき時です。

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