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大義名分という包装紙:どう言い繕っても中身は増税

私たちがニュースやSNSで目にする政治的な議論には、しばしば「大義名分」という立派な包装紙がかけられています。この包装紙には、「公平な社会の実現」「未来の子供たちのため」「弱者救済」など、一見して正しいと思える言葉が並んでいます。しかし、その包装紙の中に実際に何が詰められているのかを見ないまま議論を進めてしまうと、私たちは政治的に敗北してしまうのです。

大義名分は包装紙に過ぎない

大義名分は、政治において「おはようございます」と同じくらいの意味しか持たないことを理解する必要があります。形式的な礼儀として、政策を正当化するための外見的な理由付けでしかありません。

たとえば、増税を正当化するために「未来の子供たちのため」といった立派な言葉が使われることがあります。この言葉自体には誰も反対しにくいものです。しかし、それが実際にどのような財政効果を持ち、誰がどれだけ負担を負うのかといった中身の部分は、議論の焦点から外されがちです。大義名分は、政策の実質を隠し、批判をかわすための「包装紙」に過ぎないのです。

包装紙の議論で負ける仕組み

政治的な議論が「包装紙」に集中してしまうと、私たちはすでに相手の土俵に乗せられています。例えば、大義名分の是非についてSNSやコメント欄で侃々諤々の議論が繰り広げられることがありますが、その間に政策の中身、つまり「増税」や「負担増」が進められていきます。

大義名分についての議論がどれだけ深まったとしても、包装紙のデザインが変わるだけで、中身に詰められた「増税」という現実は変わりません。むしろ、その議論が盛り上がるほどに中身への関心が薄まり、気づいたときには政策が実行に移されているのです。

包装紙の中身は増税

政治勢力が包装紙を飾り立てる理由は、その中身が広く支持されにくいものであるからです。多くの場合、それは増税や特定の利権を拡大する仕組みが詰め込まれています。

たとえば、「社会正義を実現するための富裕層課税」という包装紙の中には、実際には広範な中間層や庶民に影響が及ぶ増税が含まれていることがあります。また、「環境保護」を掲げた目的税も、最終的には生活必需品の価格を押し上げ、庶民に負担を転嫁する形となることが多いのです。

包装紙を無視する政治的態度

私たちが取るべき態度は、包装紙そのものを無視し、中身に目を向けることです。「公平性」や「社会正義」といった言葉が使われたときこそ、「この政策は誰が得をし、誰が損をするのか」「負担はどこにあるのか」を冷静に分析する必要があります。

議論の焦点を包装紙に集中させるのではなく、「中身が増税なら反対」というシンプルな原則を貫くことで、政治勢力の目くらましに対抗することが可能になります

結論

政治の世界では、大義名分という包装紙がどれだけ立派であろうと、その中身が増税や庶民の負担増である限り、私たちはそれに反対するべきです。包装紙について議論することは、政治的な敗北を意味します。

次の記事では、包装紙の中身の一つである「無償化」が実際には増税の一形態であることを掘り下げていきます。無償化の問題点を通じて、私たちがどのように包装紙を剥がし、本質を見るべきかを考えていきましょう。

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